1.ブラック=ショールズ式とは?
1973年のJournal of Political Economy(Vol.81 pp.637-654)において、 Fischer BlackとMyron Scholesは、「The Pricing of Options and Corporate Liabilities」と題した論文を発表した。この論文は、オプションの理論価格 を評価する公式を発表したもので、それ以前のオプション価格が市場における需給に より形成されていたことを考えると、まさに画期的な発見であった。 本論文において導かれている公式は、ブラック=ショールズ式と呼ばれ、 以降の研究に多大な影響を与えている。
残念ながら、Fischer Blackは1995年に死去したが、Myron Scholesは、ブラック= ショールズ式の正しさを証明する論文を発表したRobert C. Mertonとともに、 1997年のノーベル経済学賞を受賞している。
BlackとScholesのアプローチは、株式の価格変動がしたがう確率過程を仮定 (幾何ブラウン運動)し、他商品との裁定機会がないところから導かれる偏微分方程式 を解くというものであった。ここでは、偏微分方程式の解説を省略する目的で (現時点では学んでないだろうからね)、前項で 導いた概念的なオプション・プレミアムの評価式に、将来T時点の株価の確率密度関数 Ψ(ST)を直接的に仮定する方法で、ブラック=ショールズ式を導出する アプローチをとる。
2.ヨーロピアン・コール・オプションのブラック=ショールズ式
前項で示したように、コール・オプションの プレミアムは、式(5-9)で表される。この式が示すのは、将来T時点の株価がしたがう 確率密度関数を適切に仮定すれば、オプション・プレミアムの評価が可能である ということである。
ここで、将来T時点の株価が前項で解説した 対数正規分布にしたがうものと仮定する。対数正規分布の確率密度関数は、正規分布 より導かれるから、正規分布の平均uと分散σ2を仮定する必要がある。 この平均と分散が持つ意味については、次項で解説するものとし、ここでは将来T時点 の株価がしたがう確率密度関数を、式(5-11)のような対数正規分布として仮定する。 その結果、式(5-9)は式(5-12)のようになる。


式(5-12)をそのまま計算してもよいが、より簡単に計算できるようにするために (ブラック=ショールズ式と同じにするために)、これを展開して行が、ここでは、 置換積分という数学的テクニックを使用する。これは、関数f(x)の積分において、 ある単調増加関数g(t)により、x=g(t)と置き換えて積分することである。
ここで、STを式(5-14)のように置く。このとき、その導関数 ST'は式(5-15) であり、積分範囲は式(5-16)、式(5-17)となる。


以上から、式(5-12)は、式(5-18)のように、展開することができる。
式(5-18)の第1項を整理して、簡単に計算可能な形式とする。問題は積分の部分 であるが、標準正規分布(平均0、分散1の正規分布)の密度関数の積分値であれば、 統計関連書籍の数表や、多項近似式により簡単に計算可能である。そこで、目標と しては、積分の部分を標準正規分布の密度関数の積分のみにし、他の部分を外に 出すということになる。まず、第1項は式(5-19)の形に変形できる。
式(5-19)はxの関数であるが、式(5-20)のような変数変換を行ってyの関数とし、 置換積分を行う。ここで、置換積分における導関数は式(5-21)、積分範囲は式(5-22)、 式(5-23)となる。

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より、 |
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以上式(5-20)〜式(5-23)を用いて、式(5-19)を書き換えると、以下の式(5-24)が 得られる。
式(5-24)の積分の中は、まさに標準正規分布の確率密度関数となっているので、 これをN(x)と表すと、式(5-24)は式(5-25)のようになる。
第1項 |
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ただし、 |
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第1項と同様に、式(5-18)の第2項についても整理して、簡単に計算可能な形式とする 。この場合も、問題となるのは積分の部分であり、第1項と同様、これを標準正規分布 の密度関数の積分のみとする方針で整理して行く。まず、式(5-18)の第2項は 以下の式(5-27)のようになる。
第2項 |
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ここで、式(5-28)のような変数変換を行い、置換積分を行う。ここで、置換積分に おける導関数は式(5-29)、積分範囲は式(5-30)、式(5-31)となる。

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より、 |
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以上式(5-28)〜式(5-31)を用いて、式(5-27)を書き換えると、以下の式(5-32)が 得られる。
式(5-32)の積分の中は、まさに標準正規分布の確率密度関数であるので、第1項の 場合と同様に、これをN(x)と表すと、式(5-32)は式(5-33)のようになる。
第2項 |
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式(5-18)、式(5-25)、式(5-33)から、ヨーロピアン・コール・オプションの プレミアムは、以下の式(5-34)で表される。
式(5-34)によると、将来時点Tにおける株価が従う確率密度関数、即ち式(5-11)に おけるuとσが得られれば、ヨーロピアン・コール・オプションのプレミアムが 計算できる。ここで、将来時点Tの株価が対数正規分布にしたがうと仮定したことを 思い出そう。このとき、将来時点Tの株価の期待値(平均値)は、現在その株を購入する のに必要な資金を、安全資産に投資した場合のT時点における将来価値と等しくなければ ならない。なぜなら、安全資産に投資した将来価値の方が高ければ、株に投資する人は 居ないはずだし、逆に株価の期待値のほうが高ければ、皆が株に投資するはずだから である。
よって、安全資産の収益率(金利水準)をr(連続複利ベース)とし、現在の 株価をSとすると、以下の関係が成り立つ。なお、右辺は対数正規分布の平均である (前項参照のこと)。

式(5-35)について、両辺の対数をとると、式(5-36)のようになる。

また、1年間のσをσanと表すと、式(5-37)の関係がある。

式(5-36)を式(5-37)を用いて書き直すと、式(5-38)のようになる。

さらに、T時点のキャッシュフローを現在価値に換算する係数(ディスカウント・ ファクター)DF(T)は、安全資産の利回りがrであるから、式(5-39)のようになる。

なお、式(5-34)におけるσは、式(5-37)より以下のようになる。

式(5-34)を、式(5-35)、および式(5-37)〜式(5-40)を用いて書き直すと、 式(5-41)が得られる。
上の式(5-41)が、ヨーロピアン・コール・オプションのプレミアムを評価する ブラック=ショールズ式である。この式は、標準正規分布の確率密度関数N(x)の 中を、それぞれd1、d2と置いて、以下のように表記される ことが多い。

ただし、 |
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課題(レポートにして次週提出)
ヨーロピアン・プット・オプションのプレミアム評価式は、式(5-42)における d1とd2を用いて、以下のように表される。本項での方法に したがって、以下の式が導かれることを示せ。
